PRODUCTION NOTE

皇帝ペンギンが待つ南極へ再び。

リュック・ジャケ監督率いるワイルド・タッチ・アンタルクティカ探検隊の11名が、本作の撮影で滞在したのは、南極大陸東部にあるフランスの南極基地=デュモン・デュルヴィル。パリからタスマニアのホバートまで飛行機で24時間、その後、嵐の中、氷山に囲まれながら11日間船で移動して到着する地の果てである。撮影は南半球の春から夏にあたる11月と12月に行われた。「到着するとすぐ、私は皇帝ペンギンのコロニーに向かいました。最後に別れた時から時間が止まっていたかのように7000羽もの皇帝ペンギンがそこにいて、変わらぬ光景と合唱に興奮しました」(リュック・ジャケ監督)

南極ならではの悪条件に苦労した撮影隊

南極での撮影はスタッフの装備から始まり、機材の運搬、天候のチェック、食事など準備を万全にしなくてはいけない。春から夏にかけて撮影したとはいえ、南極の天候は変わりやすく、零度からマイナス20度まで急速に冷え込み、ブリザードが吹き荒れることもしばしばだ。前作のメイキングでは急激な天候の変化に巻き込まれ、撮影隊が一時行方不明になる事故が紹介されており、南極での撮影は死と隣り合わせだったことがわかる。「南極という特殊な土地での撮影は、ケガをしないこと、機材を紛失しないことが最重要です。スタッフは何重にも服を着て、スパイク付きのブーツを履いて寒さに備えました。それからGPSに無線機、カメラ、三脚、温かな食事など、全部で数10kgにもなる荷物を2つのソリに積み込んだら撮影に出掛けます。基地から撮影場所まで1日に10km近く移動するのが日常でしたね」(ジャケ監督)
撮影監督のジェローム・ブヴィエはジャケ監督の学生時代からの友人で、20年前にも南極で撮影した経験を持つ。「春から夏にかけての撮影だったので寒さにはあまり苦しめられなかったのですが、それでもカメラの調整のためには手袋を外し、強風で飛ばされないように紐で縛り付け、調整が終わったら素早く手袋をはめるのが鉄則でした。もたつくと指先が凍傷になりかけるのです。一度は動かなくなった指を元に戻すのに、1時間近くもかかってしまいました。また、南極では氷の反射光が強く、カメラの接眼レンズから目を離した途端、サングラスなしでは瞳孔が強い光をとらえて収縮し、何も見えなくなります。普段の感覚で行動することはカメラマンにとって命取りでした。機材に関しては気温差による結露が発生しないように保管状態を徹底しました。レンズとカメラは凍結しないギリギリの気温で、バッテリーは暖かい場所に置いて結露を防ぎました。万が一機材が故障したら、南極での撮影は続行不可能になります。それだけは避けなくてはいけません」

南極海下での長時間撮影に成功!

前作では16mmフィルム用カメラで撮影したが、12年の歳月で撮影機材が劇的に進化し、4Kカメラや全方位撮影可能なカメラ、ドローンを使って南極の広大な自然を撮影した。最大の進化はヒーター内蔵の水中撮影機材だ。海洋自然生物学者で世界的権威の水中写真家、ローラン・バレスタは本作のために開発された最新機器を使い、マイナス1.8度の南極海において世界初、水深70mへの連続潜水に挑戦。その回数はなんと30回。最長3時間30分もの撮影を成功させ、人類未到の南極海をスクリーンで初公開する。
1回の水中撮影の準備と調整に要する時間は計12時間。ダイバーは服とウェットスーツを4枚も重ね着し、目出し帽、グローブ、酸素ボンベ、撮影機材と総重量90kgもの機材を装着して氷の下に潜る。分厚い氷に日光が遮られる南極海は、少し潜水しただけで暗黒の世界に姿を変える。ベテランダイバーですら、出口が氷に覆われて陸上に戻れなかったらと普段の潜水では抱かない恐怖に襲われたという。そこで氷の裂け目から光る糸を垂らして目印にした。バレスタが撮影を振り返る。
「これまでで最も消耗する潜水でした。最初の45分は体の先端が凍りついたように痛く、苦しかったですね。しかし、ライトが照らす世界を見た瞬間、撮影に没頭しました。南極海にはコンブの森や4mの長さにもなるワカメが生えていたり、巨大なヒトデや何千ものホタテガイがひしめいていたりと、予想以上に生命がたくましく生きていました。甲殻類やソフトコーラル、海綿、小魚たち。私たちが撮影した映像は世界初の貴重なものです。きっと南極海には私たちがまだ見たことのない生き物がいるはずです。長時間の潜水に耐えられるよう機材を改良して、いつかあの海へ戻りたいと思います」
バレスタと共に水中撮影を担当したヤニック・ジャンティは水中での皇帝ペンギンを見て驚いたという。
「彼らは地上では不器用で人間について回る好奇心の塊なのに、水中に飛び込んだ瞬間、食べ物を追いかけて自在に泳ぐ名スイマーに変身します。一方、私たちは陸では自由に動けますが、水中では90kgの機材のせいで思うように動けず、泳ぎ回るペンギンについていくことができません。陸上と水中とでは人間とペンギンの関係が逆転するのがおもしろく、彼らの真の姿を間近に見て感動しました」

コロニー最年長の皇帝ペンギンを主役に

デュモン・デュルヴィル基地では1956年から皇帝ペンギン1羽1羽に標識(フリッパーバンド)を装着し、生態調査を行っている。ジャケ監督の友人で前作の科学顧問を担当した鳥類学者のクリストフ・バルブローが、43歳の皇帝ペンギンについて監督に話したことから、本作の主人公が決まった。
「この繁殖が最後となるだろう最年長ペンギンは、地球上でもっとも過酷な冬の4カ月を43回も経験し、何度死にそうになり、何度敵から逃れることに成功したのでしょう。それと比べると、人間は南極という自然の脅威の前にはあまりに脆い存在です。彼はブリザードの中でも落ち着き、迷うことなくまっすぐ歩き、人間の私から見てもカリスマ性がありました。私は彼の“人生”を通じて、生きることの奇跡や粘り強さをテーマとしたドラマを作ろうと思いつきました。同時に、ヒナが巣立ちのため海へ行進を始る神秘にも興味が湧きました。なぜ、ヒナは突然、この道を歩き出すのか。どこからかシグナルが聞こえてくるのだろうか。私はヒナの集団を追いながら答えを探してみました。道中、彼らは数時間も歩いたかと思うと急にためらったように立ち止まり、ウロウロと道を探したりするのです。彼らがようやく辿り着いた海では、ヒナが初めて海に飛び込む瞬間を狙い、撮影スタッフが寝ずの番でスタンバイしました。ところが、何時間たっても何日たっても、ヒナの集団は氷の上でウロウロするばかり。4日後にやっと1羽が海に飛び込みました。それをきっかけに他のヒナたちも続いて水中へと消えていきました。抜け残った子どもの羽毛に覆われた若い皇帝ペンギンは、まだ泳ぎ方をマスターしないうちから、4年間海で暮らすといいます。数週間一緒に過ごしただけですが、彼らのこれからを想像すると胸がいっぱいになりました。私たちが再会することは、おそらくないでしょうから」(ジャケ監督)

皇帝ペンギンの謎めいた行動を紐解く

皇帝ペンギンの行動には多くの謎が残されている。ジャケ監督も指摘するように、ヒナが何をきっかけに海へ向かい巣立つのか。オスたちが寒さから身を守るため、それぞれがどのように動けば亀の甲羅のような密集隊型=「ハドル」を形成できるのか。そして、巣立ったヒナたちはどこへ向かい、どうやって4年間も陸に上がらずに海で過ごすのか。現在、デュモン・デュルヴィル基地ではこれら3つを中心に研究が進行中だ。バルブローが解説する。「リュックのチームが撮影した映像のおかげで、研究者の調査では観察できなかった皇帝ペンギンの生態に近づくことができました。リュックとは撮影の合間によく皇帝ペンギンの本能について議論しました。若いヒナの巣立ちに強い関心があったようです。私たち研究者は長年、本能、つまり遺伝的に決められた先天的特性と、成長や学習から得られる後天的特性とはある時点でスイッチが切り替わるのではと考えてきました。しかし、近年では2つはどちらもオンの状態で、状況に応じて優位になる割合が変化すると実験で証明されました。ヒナが海に入るやいなや一直線に真北へ泳ぎ出す映像を見て、私も皇帝ペンギンの宿命ともいうべき本能を感じました。この時点では本能がヒナの行動を支配しています。数ヶ月後、彼らは様々な経験を通じて学習し、1羽1羽が異なる行動をとるようになります。学習による後天的特性が優位になるのです。現在、流氷の上と海中で4年も過ごすヒナを長期間、追跡できる装置を開発中です。近いうちに彼らの行動範囲や生態がわかるようになると期待しています。本作は一般の人々が科学的研究をより身近に感じる助けになるでしょう。また、私たちも研究が生活や環境にどのように役立つかを観客に伝えられます。リュックと私たちの共同プロジェクトの狙いはここにあるのです」